サハラでの忘れものが見つかった

今日、ジョギングしながら気づいたこと。

次の挑戦に向けて、何をするのかを考えながら、走っていた。

とりあえず100kmを走ろうと思っているのだが、目標タイムの設定をどうしようかと考えていた。

 ・とりあえず完走を目指して、前半は歩く

 ・せっかくだから、自分のペースで走る

 ・100kmマラソンの大会で一番遅い足切りタイムを調べてその時間内での完走を目指す

このあたりのどれかになるかと思っているが、ふと自分の限界に改めて挑戦することになりそうだ。

サハラでは自分の限界を超えた世界を体験しに行こうと思っていたが、完走することを重視したため、自分の限界の手前で終わってしまっていたことを、日本に戻ってきてから時々、後悔している。いや、自分で選んだことなので後悔はしていない・・・

などと考えながら走っていたのですが、そんな時に、ふと、サハラでのことを思い出した。

 

それは、二日目のこと。

砂丘を登ったり下ったり、それを繰り返し、砂丘を超えると6日間で一番の高い山を越えるというとき、始めてCPでもないところで足を止め、荷物を降した。

すぐに体制を整えて前に進んだのですが、山越えは想像以上に厳しく、なかなか足がすすまない。

一歩進むごとに足が止まってしまう。

そんな時、南米系のランナーに「〇△×◇〇!」とわからない言葉で、声をかけてもらった。

たぶん「立ち止まるな!前にすすめ!」そんな風な意味だと感じた。その声から気持ちを持ち直し、前に進みだした。その後も何度も立ち止まりながらも、最大の山を登りきり頂上へ。

この時、間違いなく、自分の限界を超えていた。

なんども心が折れながらも前に進んでいた。改めて思い出すだけで、もう二度とそこには行きたくないと思うような体験だった。

 

そんな体験をしたことは、すっかり忘れていた。

それ以降にも、厳しい時間がずっと続いていて、また、良い体験もして、記憶の多くは良い体験の方が強く残っていて、日本に帰ってからは、一段と大変だったことよりも、良かったことの方ばかりが思い出される。

サハラに行った人から良く聞くのが、日本に帰ってくると、サハラを美化してしまうと聞いていたが、自分もその通りになっていただけだった。

 

今回のサハラの挑戦で一番しんどかった体験の直後に斜面の角度が30度ほどの斜面で、砂地のところがあり、そこを走り降りるのが、サハラで一番楽しい経験だったこともあり、すっかり忘れてしまっていたのだと思う。

もちろんそれ以外にも理由はあると思うが、間違いなく、自分の限界を超えたところでのレースだったと改めて思う。

 

少し前まで、せっかくサハラに行ったのに、自分の限界に挑戦することなく終わったしまったと思い、それが少し悔しくて、次は、もっと攻めたいと思っていたのですが、やっと安心して、次の挑戦に向かえそうです。

 

次の挑戦の一つ100kmを走ってみることも、たぶん自分の限界を超えることになりそうなので、今から恐怖心と、不安でいっぱいです。

この感覚を感じていることにワクワクすることが楽しいと思っている自分を結構気に入っています!

 

 

次の挑戦に向けて ラン10km